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2021年の振り返り

水縞アヤ

2021年はわたしにとって、たくさんの出会いがあり、ご縁に恵まれ、「すき」を再確認し、これからの人生を見つめ直す一年でした。

日記とTwitter見ながら振り返っていきたいと思います〜。長くなりそうだ。


振り返りをはじめる前に

ふわっと自己紹介

・マンガとは全く関係ないお仕事(フルタイム)
・イラストは趣味程度
・マンガ専科に入るまで、マンガを描いたことがほぼない素人

ふわっとした経緯

漠然と「絵で生活を送れたらいいな」と思いつつ、なかなかチャレンジできず社会人に(絵はずっと描いていた)。

2018年、Padを購入し、そこから趣味としてSNSにイラストをアップ。

2020年、佐渡島さん発案の『5分の習慣』に勝手に便乗。5分の習慣で人は変われるのか?というコンセプトの元、一年間、一日一枚絵を描く。

2020年12月、5分の習慣も終わりが見え、「もっと何かチャレンジしたい!」と思っていた矢先、『コルクラボマンガ専科』4期の募集を発見。

今やらないでいつやるんだ!と思いえいやっと応募、合格し専科へ飛び込む。

といった感じ。

(マンガ専科はじまる前のマンガ…)

はじまりはじまり〜。


1月 コルクラボマンガ専科スタート


第一講義で、自分の想像の100倍マンガに対して本気の場という事実、マンガ描いたことない人わたしだけ?ってくらい同期のみんなが描けている現実に、しょっぱなから焦燥感爆発。「なんてところに…わたし場違いなんじゃないか」とビビる。

講義の中で、佐渡島さんが「質より量!」「量を増やせば気づきが増える!!」「毎日1P UPしてみよう!!!」と話していたので、毎日描こうと心に決める。

今までプロクリエイトで描いていたので、クリスタに戸惑う。眠いし眠いし眠かった。ちなみに「健康第一」と描きながら、睡眠時間は不健康ぶっちぎりだった。


2月 劣等感に苛まれ日々ブルー

この頃は、ずっと同期と自分を比べていた。どこに向かっているかもわからず、このままでいいのか、連載している人もいる、わたし何してんだろって劣等感と焦燥感に駆られていた。
今なら思う、人と比べても自分がすり減っていくだけ。笑 

でも、そんな時に相談に乗ってくれたのは同期の子で。誰かの存在に救われて、落ちては上がっての繰り返し。みんちゃれメンバーもあたたかかった。ケイさんとかいつ寝てるの?って感じでコメントくれて嬉しかったなあ、いつ寝てたの?笑

クリスタは少しずつ慣れてきて、色を緑系にしたり、お気に入りのペンを見つけたりと「工夫」ができるようになった。日々、停滞していたように感じていたけれど、少しずつ進めていたんだな。


3月 わたしの誕生日講義だった

2月を引きずって3月へ。

この辺りから、「コマ割り」を意識するようになった。模索の日々。劣等感は相変わらず背中に抱えていた気がする。

でも嬉しいこともあった。
岸田奈美さんの「もうあかんわ日記」のファンアートを描いたら、「岸田さんのエッセイ、マンガにしてみない?」と佐渡島さんからお話があったのだ。文章で応援したかったけれど、うまく言葉が探せなくて、それで描いたイラストだった。

すごくすごく、飛び跳ねるくらい嬉しかった。この頃くらいから、少しずつモヤが晴れていった気がする。心が前を向き始めた。

マンガも描いた。


4月 チャレンジの多い月

岸田さんのファンアートを描きながら、マンガを描く。徐々にモチベーションが上がる。

この頃から、ミニキャラから頭身の高いキャラを描いたり、着色を工夫したりした。ずっと創作で描きたいことがあってもなかなかアウトプットできなかったけれど、そんなんじゃいつまで経っても描けないのでは?と思い、描いてみたのがおばあちゃんの話。

このおばあちゃんは、地元で見かけた人を参考に。ばかうけを持って闊歩している姿が印象的だった。わたしは、おばあちゃんやおじいちゃんにすごく惹かれる。描きたいって強く思う。生きてきた年月を皺や姿勢で表現するのが好きみたい。日頃、そういう方を対象に接しているからってのもあるかも。

600を超えるいいねで、具合が悪くなった。こんなにいいねもらったこと、なかったんだもの。

そして、すんごく嬉しいことに仕事探しはスタンバイで、準グランプリをいただいた。
でも佐渡島さんのYouTubeで、準グランプリの作品に対して「タイトル工夫したり、絵を頭身高くしたりするといいよね」的なことを言っていて、次はそっちで描くぞとメラメラした。


5月 嬉しいこともりだくさんでワイワイ

名前を変えた。「もっと読みやすい方がいいかも〜」と佐渡島さんからアドバイスを頂戴し、「たしかに」と思った。変えてから、コメントをたくさんもらえるようになった気がする。名前って、大事。

引き続き、着色も工夫した。頭身、高くなったし。5月になって、ようやく構図を意識するようになった。縦スクとか、いろんな作品に触れるようになった。

そしてなんと「もうあかんわ日記」のイラストがしおりになることに!!!!!

ヘッダーにも使っていただいたりと一生の宝物ができた。今も机の上に飾っている。各関係者のみなさま、そして岸田奈美さん、本当にありがとうございます。

たからもの。


6月 コルクラボマンガ専科卒業

この辺はマンガ専科の課題がデッドヒート。最終課題は、自分の身の丈にあった内容へと変えた。いつか、感情を食べるゴミ箱の話も描きたいと思っている。

この頃になると、同期の人たちとも交流ができてきて、「もう終わっちゃうの?寂しい」なんて思っていた。

スタンバイで大賞をいただいたりと、嬉しい出来事もあった。この作品を描いて、「わたし、漫画家になったな」と思ったのだ。

この作品はほぼ実話に近いのだけれど、当時は本当に苦しかった。それが、ときを超えて今、漫画として昇華できたこと。苦しかったり、悲しかったり、マイナスの過去も、漫画へと生かせられるんだと知った。

うまく言えないけれど、自分の苦しい過去を、ようやく許せたし、愛おしいと思えたのだ。

とはいえ、苦しいことや辛いことを率先して経験したい訳ではないし、そんな思いはしたくなかったなと思う。

ただ、漫画を描いてよかった。そう思えたのは、確か。

そんな思いを抱え、創作も描けた。
これは、学生時代に先生に言われた一言と、主人公のグッとくる表情が描きたくて描いたもの。


7月 ペースダウンしはじめる

6月まで走り抜けた反動か、マンガを描くペースが落ちる。「描かなきゃ!」という、今までとは違う焦燥感に駆られていた。

この頃、感情日記を書き始める。もっと、自分の感情の変化やどんなことで自分のこころが揺らぐのか知りたかった。その日記を読み返すと涙が滲む。滲んだ日記は感情が書けているのだと思う。

愛したい。
誰の手も借りず、ひとりでわたしを愛したい。

日記からの一節。一曲書けそうなくらい、センチメンタルである。


8月 ポッキリ折れる

上旬。りょうじさんのコーチングを受ける。この頃、創作に対しての自分の在り方に漠然と不安を感じていた。

上位資質を見ても、「漫画家に向いてないな?」とか思ったり、うまくことばにできないことに対して「こんなんじゃダメだ!変わらなきゃ!」と、自分を傷つけることばかり考えていた。

でもコーチングを受けて、うまくことばにできないわたしもわたしらしさで、それがキャラなんだと知った。「簡単で、わがままで、雑でいい」もらった言葉が今も胸で生きている。

そのすぐあと、体調不良に見舞われる。突如、Twitterから消える。この月は、仕事もまるっきり休み、自宅でずっと横になっていた。テレビは情報量が多すぎて見れなかった。

息をして生きることが一番大事になると、わたしは多くのものを手にして生きていたんだなあと思った。

描くことも、身なりを整えることも、楽しみを見つけることも、そういうのが優先順位としてはぐんと下がる。手からあぶれていく。そういうのに構ってられなくなる。色々考えてナーバスになる。

下旬くらいから、徐々に息を吹き返し、一つ一つの作業活動が手元に戻ってきた。それでも、漫画は描けなかった。


9月 ちょっと持ち直してきた

仕事は引き続き休職。そういえば、こんなに休んだのは学生時代以来だなあと思う。体力がすっかり落ちて、スーパーに行くだけで息がぜーぜーした。

テレビは相変わらず観れなかった。脳みそもだるかった。でも社会復帰するには、少しずつ慣れていかなければ!と貪るように本を読んだ。最初は1Pが限界。少しずつ増えていって、読了できるまでに。
「それ、勝手な決めつけかもよ?」「LISTIN」は何度も読み返した。

この頃、ざくちゃんとzoom。いろんなことを話した。真っ直ぐ話を聞いてくれて、創作のことを話すのが楽しかった。楽しいと思えたのが、何よりも大きかった。


10月 生活は戻ってくる

少しずつ復職。漫画は描けないけれど、イラストは描けた。プロクリエイトはすんなり描ける。職場の人たちが温かくて、緩やかに生活を戻すことができた。

創作では、ざくちゃんをはじめ4期のメンバーと話したりすることで、社会と繋がっているんだなと思えた。居場所がたくさんあると、こころが安定するのかもしれない。逃げ道とも言える。大事だ。


11月 ビーバーちゃんロスト事件

久々に、SUPER BEAVERのライブにいった。

渋谷さんのMCがすごく心に響いた。
「大切」ができると凸のようにボコってなっているから大切にできる。でも、徐々にそれが溶け込んで□になると「当たり前」になる。そして「大切」を失ったとき凹のようにぽっかり穴が空く。そうしてなくなってから「大切」の存在に気がつく。
ああ、そうだよなと思った。実感として心の中にあった。

いい余韻を持ちながら帰ったら、物販で買った会場限定のビーバーちゃんが消えていた。渋谷さん、まさしく、まさしくだよ…。でも、ロスト事件のおかげさまでフォロワーがぐんと増えた。失って得たものが、ここに、ある。

ざくちゃんがビーバーちゃんを作ってくれた。優しさがすごくすごく嬉しかった。ざくちゃんみたいにあたたかい人になりたい。

このころ、武田さんと定例でお話しさせてもらっていて、誰かと定期的に話す機会は大事だなと思った。そうやって、話せる環境に身を置かさせてもらっていること、「当たり前」じゃない。ありがてえ。


12月 祝・復職!&祝・電子書籍発売

体力も気力も戻り、本職を正式に復職。長かった。本当に。

電子書籍も発売に。ずっと実感が湧かなかったが、やじまさんが引用RTでコメントしてくれて「ああ、発売したんだな」と唐突に実感した。

そして、4期の数人と実際に会うことができた。直接会えるって、こんなにも愛おしさが溢れるんだなあと思った。まだ会えていない4期の人たちとも会いたいぞ。会ってくれ〜〜。


そんな1年でした。
ずっと他人と比べていたけれど、今、ようやく「自分」に焦点を当てられた気がする。漫画、だいぶ進化したなあ。しみじみ

1年前とは違う場所に立っていて、ようやく自分は「漫画家」になれたのかなあ、なんて思います。創作者としてやっとスタートラインにこれた気がする。

はじめたばかりで、こんなに愛おしくてあたたかい同期に囲まれて、ほんと幸せもんだな。創作について語れる相手がいるって、とっても貴重で尊いことだ。

一人ではこの場所には立てていないはずで。マンガ専科をはじめ、多くの人の助けが会ってここまでこれました。出会ってくれたあなた、本当にありがとうございます。

密かに、8月に思いっきり体調崩したけれど、高校の頃から付き合っている過敏性腸症候群はかなり良くなったのが嬉しい。総じて、体調はいい感じ。ご飯も美味しく食べられる。嬉しい。

ありがとうとお陰様の一年。


ゆく年くる年ハマったもの

最愛

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真実は愛で消える、ってまさしく。

個人的に、毎回大ちゃんの服のセンスがドストライクで、松下さんに合ってたし最高だと思った。ロンTに弱い。

妹に、「松下さんと井浦さんのインスタみてる?コメントが大ちゃんと加瀬さんだよ」と言われ「????」を浮かべながら見てみたら、悶絶するやりとりがそこにはあった。それもまた愛。


ビーバー

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狂おしいほどに集めている。最近、シルバニアのビーバー一家を買いました。

ミッフィーちゃん

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狂おしいほどに集めている。まだまだ、いるのだ。かわいい。


思い出

ビーバーに会いに熊本と福岡行ってきたよ(12月)

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熊本のビーバーちゃん。愛おしかろう。

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太宰府天満宮で絵馬書いてきた!
楽しくマンガが描けるようにお願いしてきた。ちょうど電子書籍発売の時期だったのと、今年は岸田さんの作品にたくさん触れさせていただいたから、ちょこんと描いてみた。幸あれ。


***


来年は。

いただいた恩を返す年にして。
コツコツ歩いて行きたい。

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ありがとうございました!良いお年を!!!


以下、ぽんぽんマガジン限定でこぼれ話。

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水縞アヤ
イラストやマンガを描いています。 お仕事→『もうあかんわ日記』(岸田奈美 / ライツ社)のしおりやハガキなど販促イラスト全般や同著のnoteヘッダー全編を担当。 コルクラボマンガ専科4期生。